証拠金はふたつ存在する
投資家は手数料の高低にまず目が行きます。しかし、手数料の違いが原因で破綻することはありませんが、相場急変時にトレードに大きな影響を与える証拠金は致命傷につながります。手数料よりも証拠金の扱い方の違いのほうに注意するべきです。証拠金の扱いは証券会社によってかなり違いがあるのです。
証拠金という場合、実はふたつ存在します。ひとつが証券会社が日本クリアリング機構に納める証拠金です。全顧客の建玉を合算して計算します。この証拠金の計算にはどの証券会社にも同じルールが適用されます。証券会社間の受け渡しを遅滞なく円滑に行なうための仕組みが作られています。
もうひとつが、証券会社が顧客から徴収する証拠金です。この証拠金は証券会社がそれぞれ独自に決めることになっています。相場急変時に顧客から未収金が生じてもクリアリング機構に対しては決まった証拠金を納めなければなりません。顧客の不手際のケツを証券会社がふくことで受け渡し決済のシステムが回るというわけです。証券会社は、どんなことがおきても自己資本を維持できるよう自社の体力を前提にルールを決めておかなければいけません。体力のない証券会社は多めの証拠金を顧客に課すことになるわけです。一方、体力のある会社ほど、クリアリング機構のルールに近いものを採用します。過去においては、顧客の損失を回収できずに破綻する証券会社がありました。
クリアリング機構と投資家の間にたつ証券会社としては、弱気の投資家と強気の投資家が同程度いれば顧客同士のリスクが社内である程度相殺され、クリアリング機構に納める証拠金は少なくてすみます。社内で顧客別のリスクをネッティングしたうえで、会社全体として残ったリスク額に応じた証拠金をクリアリング機構に対して納める仕組みになっているのです。つまり、証券会社は顧客から預かった証拠金の総額をそのままクリアリング機構に納める必要はないわけです。もちろん、払い込まない余分な証拠金は、ほかの用途に転用することはできず信託銀行などで顧客勘定として分別管理しなければなりません。
金利が高かった大昔、無利息で預かることができる証拠金は証券会社の隠れた収益源でした。今はマイナス金利が課されかねない状況ですので、証券会社にとっていくら証拠金を手元にたくさん抱えても相場混乱時の取りっぱぐれを免れる以外のメリットはありません。
SPANを採用しているかどうか
SPAN(Standard Portfolio Analysis of Risk)とは、シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)が開発したリスクベースの証拠金計算方法及びシステムです。SPANで算出した証拠金は、いろいろな相場シナリオに基づく翌日1日分の予想損失額にあたります。SPAN証拠金に加えて、オプション建玉を全決済した場合に必要となる現金を加えたものが必要証拠金額です。オプションを売ったプレミアムは先物の証拠金などに活用できますが、オプションを全決済するときに必要な現金は必要証拠金として拘束されます。
大手のネット証券は、顧客の証拠金計算にこのSPAN方式をだいたい準用しています。厳密に同じ方法を採用しているわけでなく、SPAN方式をベースにしながら各社様々な味付けがなされています。普通の投資家がこの辺の味付けの違いを理解するのは簡単なことではありません。
なんちゃってSPAN
同じSPANでもなんちゃってSPANといわれる方式があります。ポジション全体のリスク額から証拠金を計算する本来の方式ではなく、オプション1銘柄毎のSPAN証拠金額を単純に合算するだけの方式です。手数料の安い証券会社に多い方式です。なんちゃってSPAN方式では、売りオプションのリスクを買いオプションでカバーしても売りオプションの証拠金額がそのまま必要となります。それでも、資金に余裕があり単品売買主体の投資家であれば、むしろ売りすぎの危険性をブレーキがかかるので、意外と安全な方式だといえるかもしれません。
証拠金は足りていても現金不足という思わぬ落とし穴
オプションと先物を組み合わせて総合戦略というポジション管理をする投資家には、現金不足という落とし穴があります。先物とオプションの組み合わせによっては、証拠金は十分足りているにもかかわらず現金不足が発生し、新規取引ができなくなったり、強制決済を食らったりすることがあるのです。先物を使ってリスクを細かく管理しているにもかかわらず、まさかの売買不能がおこるのです。このせいで、相場が大きく動いたときに思いもよらない損失を被るかもしれません。知らなかったでは手遅れなのです。
これは先物とオプションの両方を取引すると起る問題なので、オプションだけでトレードする投資家には関係ありません。しかも、証券会社によって扱いが違うことが何とも悩ましいところです。
先物の値洗い
投資家と証券会社の間では、先物の建玉を反対売買するまではあくまでも評価損益だけが発生しているようにみえていますが、証券会社とクリアリング機構との間では、先物の建玉は日々清算値段を使って値洗いが行なわれ、評価損益分を現金による受け渡しをおこなっています。2重帳簿のように扱われてるのです。
クリアリング機構は、先物の建玉が評価損になっている証券会社から現金を徴収し、評価益になっている証券会社には現金を渡しているのです。この日々の値洗いによって前日の変動分の影響を取り除き、ヨーイドンで次の日の相場に望めるようになっているのです。この日々の現金の授受の部分を証券会社が投資家の証拠金勘定にどう反映させるかが会社によって微妙に異なるのです。
オプションの証拠金
オプションではこういう値洗いという仕組みはなく、リスクベースの証拠金であるSPAN証拠金に日々変動するネットプレミアム加えたものを(必要)証拠金としています。オプションの建玉の評価損益はネットプレミアムに反映されます。オプションでは、値洗い差金というものがないかわりに、証拠金の仕組み(SPAN証拠金+ネットプレミアム)の中でオプションの評価損益が調整されるのです。
※オプションの買いだけのポジションの場合、SPANベースの証拠金相当額は一応計算できますが、必ずSPAN証拠金(1日当たり予想損失額)<オプションプレミアムとなるため、証拠金はかからない仕組みになっています。そのかわりに、証拠金の仕組みの外で買いオプション分が拘束されることになります。
先物とオプションを一緒に持つと問題が起る
このように先物とオプションでは評価損益の扱いが違うため、ややこしいことがおこります。先物とオプションを合わせて持つと、先物のリスクは個別に計算されず、ポジション全体の中でオプションと合わせて計算されます。SPAN証拠金はポジション全体にかかるのです。先物だけのポジションでは枚数に比例して証拠金がかかりますが、先物とオプションを合わせたポジションでは先物枚数には関係なくSPAN証拠金が計算されるということです。
ところが、先物の日々の値洗い損益分だけは、SPANの計算とは別に扱われ、それが投資家の証拠金勘定を増減させることになります。先物が評価損になると値洗いによって現金が抜かれ、証拠金勘定が減少し、証拠金余力が減少するのです。このためオプションと先物のリスクがいくら相殺されていても、先物で損失が膨らむと現金が減少し、リスクベースのSPAN証拠金があまり変わっていなくても証拠金余力が減少していくのです。先物とオプションによる合成先物の間で完全最低のポジションを作っても、証拠金不足は起こりうるのです。
現金増減(証拠金余力)の計算は証券会社次第
証券会社とクリアリング機構の間では先物値洗い分の現金の授受(値洗い差金)が毎日行なわれますが、顧客と証券会社の間の扱いは証券会社によって違います。つまり、証券会社が先物値洗いに伴う現金の増減を「いつ」「どのように」顧客勘定に反映させるかの違いが、証拠金余力=証拠金過不足額に大きな影響を与えるのです。
さらに、証拠金勘定に反映するタイミングの違いのほかにも大きな問題があります。先物の値洗い差金はプラスでもマイナスでも顧客の証拠金勘定にカウントする証券会社と、マイナス分は差し引くがプラス分は顧客の証拠金勘定に反映させないという証券会社があるのです。
とくに後者の証券会社では、オプションの売りを先物でヘッジすると、売ったオプションがピンチになるにつれ必要証拠金は増えていくのに対し、先物の評価益がまったくカウントしてもらえないので、加速度的に証拠金余力が減少していきます。
合成先物と先物間の裁定ポジション
満期が同じオプションと先物で完全裁定を組むとSPANベースのリスクはありません。ところが先物がどんどん評価損になり、値洗い差金によって現金を抜かれて証拠金勘定が減少していくと、最終的には現金が枯渇して証拠金不足に陥ります。先物の損に対応する買いオプションの評価益は決済しない限り証拠金勘定には全く反映されないのです。残念ながらどの証券会社でもこういう対応になっています。
逆に、先物が評価益になった場合は証券会社によって扱いが違います。まず、オプションの評価損はそのまま必要証拠金の増加として反映され証拠金余力はどんどん減少していきます。減少した証拠金余力は、先物の値洗い差金が証拠金勘定に反映された瞬間に回復します。大半の大手ネット証券では、1日1回のバッチ処理のあと証拠金余力が回復します。しかし、一部の証券は、先物の評価益を証拠金勘定に一切反映しない仕組みを取っているのです。
まとめ
先物とオプションを総合管理する手法は、リスクを細かく調整でき通常大きな証拠金を使用することはありません。ところが、先物の値洗い差金の扱い方によっては、新規取引ができなくなったり、巨額の追加証拠金が発生する場合があります。普段はなかなか気づかない盲点ですので、一度使用している証券会社の仕組みを確認しておいた方がよいでしょう。